大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)1772号 判決

上告人

渡邉勇

被上告人

渡邉春枝

右訴訟代理人弁護士

山本安志

小村陽子

主文

本件上告を棄却する。

原判決主文第一項を次のとおり更正する。

「一 原判決中控訴人の所有権一部移転登記手続請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録(一)ないし(三)及び(五)ないし(八)記載の各不動産について、昭和六二年一一月二七日遺留分減殺を原因とし、控訴人の持分を二四分の一とする所有権一部移転登記手続をせよ。」

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一の一、二について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  渡邉榮次郎(以下「榮次郎」という。)は、原判決添付別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を所有していた。

2  榮次郎は、昭和五九年六月四日付け公正証書により、本件不動産を含む財産全部を上告人に包括して遺贈する旨遺言した。

3  榮次郎は、昭和六二年七月六日死亡し、相続が開始した。

4  榮次郎の相続人は、同人の妻であるトリ及び上告人、被上告人を含む六人の子である。

5  上告人は、同年一〇月一五日、本件不動産につき前記遺贈を登記原因として所有権移転登記手続をし、その旨の登記がされた。

6  被上告人は、榮次郎の相続財産について二四分の一の遺留分を有している。

7  被上告人は、上告人に対し、同年一一月二七日到達の書面で遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。

8  上告人は、同年一一月三〇日、本件不動産のうち原判決添付別紙物件目録(四)記載の土地(以下「(四)土地」という。)を片田年男外二名に代金二億一九〇〇万〇〇七四円で売却し、同日、その旨の所有権移転登記がされた。

二  被上告人の本件請求は、前記遺留分減殺請求により被上告人が本件不動産につき遺留分割合に相当する二四分の一の共有持分権を有するに至ったとして、(四)土地を除く本件不動産について遺留分減殺を原因とする所有権一部移転登記手続を求めるとともに、上告人による(四)土地の売買は右共有持分権を侵害するもので不法行為を構成するなどとして、前記売買代金の二四分の一に当たる九一二万五〇〇三円の支払等を求めるものである。原審は、前記の事実関係の下において、上告人は前記包括遺贈により榮次郎の死亡の時点で同人が相続開始当時所有していた本件不動産を含む全遺産を取得したものであるが、遺留分権利者である被上告人が遺留分減殺請求権を行使したことにより遺言による指定(全部)が修正され、右修正された相続分の割合により、本件不動産を含む全遺産につき、上告人と被上告人との遺産分割前の遺産共有の関係が成立したところ、このように遺産分割前の遺産共有の状態にある場合でも、相続人は、遺産を構成する個々の不動産につき相続人全員の各相続分に従った共同相続登記を受けることができ、相続人の一人が右遺産共有の状態に反して単独の相続による所有権移転登記を受けているときは、遺産共有権に基づきその是正を求めることができるのであるから、本件のようにいったん包括遺贈により遺産全部が受遺者である相続人の一人に移転し、その後遺留分減殺請求権の行使により相続人間の遺産共有の関係になったような場合においても、その遺産を構成する個々の不動産につき受遺者である相続人が遺贈による単独の所有権移転登記を受けているときは、これを各相続人の相続分に応じた共同相続の状態にあることを示す登記に是正することが許されるべきであるとし、また、上告人は、故意に(四)土地を売却してその登記を経ることにより被上告人の同土地に対する持分権を喪失させたのであるから、前記売買代金の二四分の一に当たる額の損害を賠償すべきであるとして、被上告人の本件請求を全部認容した。

三  遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合、遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するところ(最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁)、遺言者の財産全部についての包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は、遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

特定遺贈が効力を生ずると、特定遺贈の目的とされた特定の財産は何らの行為を要せずして直ちに受遺者に帰属し、遺産分割の対象となることはなく、また、民法は、遺留分減殺請求を減殺請求をした者の遺留分を保全するに必要な限度で認め(一〇三一条)、遺留分減殺請求権を行使するか否か、これを放棄するか否かを遺留分権利者の意思にゆだね(一〇三一条、一〇四三条参照)、減殺の結果生ずる法律関係を、相続財産との関係としてではなく、請求者と受贈者、受遺者等との個別的な関係として規定する(一〇三六条、一〇三七条、一〇三九条、一〇四〇条、一〇四一条参照)など、遺留分減殺請求権行使の効果が減殺請求をした遺留分権利者と受贈者、受遺者等との関係で個別的に生ずるものとしていることがうかがえるから、特定遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は、遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないと解される。そして、遺言者の財産全部についての包括遺贈は、遺贈の対象となる財産を個々的に掲記する代わりにこれを包括的に表示する実質を有するもので、その限りで特定遺贈とその性質を異にするものではないからである。

以上によれば、原審の適法に確定した前記の事実関係の下において、被上告人が本件不動産に有する二四分の一の共有持分権は、遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないものであって、被上告人は、上告人に対し、右共有持分権に基づき所有権一部移転登記手続を求めることができ、また、上告人の不法行為によりその持分権を侵害されたのであるから、その持分の価額相当の損害賠償を求めることができる。原審の判断は結論において正当であり、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

なお、原判決主文第一項は、「一 原判決中控訴人の所有権一部移転登記手続請求を棄却した部分を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録(一)ないし(三)及び(五)ないし(八)記載の各不動産について、昭和六二年一一月二七日遺留分減殺を原因とし、控訴人の持分を二四分の一とする所有権一部移転登記手続をせよ。」とすべきものであったことが明らかであるから、民訴法一九四条により主文第二項のとおり更正する。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告人の上告理由

第一 原判決には、次に述べるとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

民法第七〇九条、九九〇条等の解釈、適用の誤り

一 原判決は、上告人が物件目録(四)記載の土地(以下「売却地」という)を売却したことを目して、被上告人の売却地についての二四分の一の持分権を喪失させた不法行為と解している。

しかし、次の理由により、右売却行為は不法行為を構成しないと解される。

「包括遺贈があった場合、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものとされている(民法九九〇条)から、包括遺贈に対する遺留分減殺請求がなされたときの法律関係は、遺言による相続分の指定に対する遺留分減殺請求がなされたときの法律関係と同視されるべきものであるところ、遺言による相続分の指定によって他の相続人の遺留分が侵害され、当該相続人が遺留分減殺の意思表示をした場合には、遺言による相続分の指定が減殺請求をした相続人の遺留分を侵害する限度において効力を失って修正を受けるにとどまり、各共同相続人は、被相続人の全遺産の上に右修正された割合の抽象的な相続分を有するにすぎないというべきである。したがって、このような場合に、遺産を構成する個々の財産の具体的な帰属を確定するためには、減殺請求によって修正された相続分に従って、法律の定める遺産分割の手続きを経ることが必要であり、減殺請求をした相続人が直ちに遺産を構成する個々の財産について遺留分の割合による共有持分権を取得したり、相続開始後に処分された遺産の価額弁償請求権を取得するということはできないと解される」(第一審判決の立場)

二 本件においては、右に言う「法律の定める遺産分割の手続き」はなされていない。それゆえ、被上告人は「遺産を構成する個々の財産について遺留分の割合による共有持分権を取得」してはいないことになる。

よって、上告人の売却地処分行為は、被上告人に対する不法行為を構成しないと同時に、原判決において遺産を構成する個々の財産につき、共有持分権に基づく移転登記を命ずることは許されないと言うべきである。

三 かりに、右処分行為が不法行為となると仮定しても、次の理由により、原判決には法令違背の違法がある。

原判決は「被控訴人は譲渡所得税等の控除を主張するが、これを右控訴人の損害額から控除すべき理由はなく」と判示している。なお、原判決は右のように判断した理由は全く判示していない。

もし、売却地が被上告人の同意の下に売却されていたとしたら、これによる譲渡所得税、区民税等は被上告人がその二四分の一を負担すべきが当然であろう。

ところが、原判決は右の負担を考慮せず、売却代金総額二億一九〇〇万〇〇七四円を単純に二四分した金額たる金九一二万五〇〇三円の全部を、被上告人の損害と認定している。この見解によると、被上告人は上告人の「不法行為」により、本来自己が負担すべき税金相当分については、不当に利益を得ていることになる。したがって、上告人が単独で負担した七〇〇〇万円余の譲渡所得税、特別区民税、都民税(乙四、五号証)の二四分の一相当の金額は、損益相殺の法理により、右の被上告人の損害額から控除されるべきものである。

第二 理由不備、審理不尽ないし釈明義務違反の違法

一 原判決の主文には「第一審判決を取消す」旨の判示がなされていない。かくては、はたして第一審判決が効力を失ったか否か、上告人としては明確に判断できない。

なるほど、控訴状における控訴の趣旨には、一審判決の取消を求める申立が欠落している。しかし、原裁判所としては、この点につき控訴人(被上告人)に釈明を求め、控訴の趣旨を明確にすべき釈明義務があると言うべきである。右の点につき、原判決には理由不備(民事訴訟法三九五条一項六号)、審理不尽ないしは釈明義務違反の違法があると言わざるをえない。

二 上述のとおり、原判決は売却地の売却により上告人が負担した税金を被上告人の損害から控除すべきとの上告人の主張につき「これを右控訴人の損害額から控除すべき理由はなく」とだけ判示し、なぜ控除すべきではないのか、何ら実質的な説明をしていない。

右は原判決における理由不備ないし審理不尽の違法と評すべきものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例